脳科学者・茂木健一郎先生の文章ヘタやろがーい♪noteをリライトしちゃったよ

誰もが知ってる有名な著者さんとか。

大新聞社の記者とか。

初っ端からこれ言っちゃうと、傲慢な人だと思われるかもしれないが、敢えて叫ぶ。

プロの人たちでも、文章、イケてない人、結構おるやろがーーーーーーーい♪

てなわけで本日のリライトターゲットは、脳科学者として有名な茂木健一郎先生だっ!

当代きっての有識者

茂木先生の記事をリライトの対象にした理由はとにかく単純。

noteを開いたら、たまたま目に飛び込んできたからだ。

ピーポくんに似た温厚そうな外見なので、勝手にリライトしても怒られなさそうだなぁ、という読みもあったり。
まぁ、こんなブログに目を通すワケないんだけどね。

ともかく茂木先生と言えば、東京大学の理学部&法学部の卒業を皮切りに、同大学院やケンブリッジ大学で研究員を務め、さらには東工大・早慶・東京芸大などの教授等も歴任される、当代きっての有識者である(ウィキ情報)。

おまけに著作の数もハンパじゃないから(→amazon link)、そんな偉い御方がイケてない文章を書くワケがない、と思っていた。

しかし、違った。

叱られるのを覚悟で、敢えて大声で言おう。

茂木先生、文章が下手やろがーーーーーーーい><;

1つの文章が長い!ややこしい!

つーことで具体的に突っ込んでいきますね♪
あくまでリライトの勉強のためで、茂木先生が嫌いとかディスりたいワケじゃござーせん。

対象としたのは次のnote記事。

◆オンラインサロンが個人的にどうしても好きになれないので、note(ノート)を始めます。
(著:茂木健一郎→link

では、早速、同記事の書き出しから4つの文章をチョット長めに引用させてもらおう。

後で一つずつ説明していくので、まずはザーッと読んでね。

では、茂木先生スタート!

というわけで、初めてのnote(ノート)を書いている。

決め手になったのは、ファウンダーの加藤貞顕さんの「本の原稿を書いていく場所にしたり、ファンクラブ的に使ったり、いろいろあると思います!」というツイートで、さすが、なかなかうまいところを衝いてくるというか、確かに本の原稿を書き溜めていく場所は欲しいと思っていたし、「ファンクラブ的に使う」ってどういうことだろうと関心がわいてしまった。

ぼくの本は、最近は自分で書くよりも向こうから企画が持ち込まれることが多く、それで話し合いでテーマとか方向を決めていくけれども、自分のほんとうに書きたいことを少しずつ書いていくのもいいなと思っていた。

一方、「ファンクラブ的」ということだけれども、別に自分のファンクラブとかを作りたいとか思う気持ちは全くないのだけれども、なにかゆるいコミュニティみたいなものの作り方についてはずっと関心があった。(茂木健一郎氏のnoteより引用)

書き出しの一文にある「というわけで」ってのは、

というわけで、初めてのnote(ノート)を書いている。

記事タイトルを受けての「というわけで」なんでしょう。

となれば、noteに投稿している段階で、本来は(ノート)という注釈も不要なはず。
記事タイトルにも(ノート)が入っていて、その直後にも登場させるのは少々しつこい。

とまぁ、これは細かな話なのでここまで。
問題は次の一文だ。

決め手になったのは、ファウンダーの加藤貞顕さんの「本の原稿を書いていく場所にしたり、ファンクラブ的に使ったり、いろいろあると思います!」というツイートで、さすが、なかなかうまいところを衝いてくるというか、確かに本の原稿を書き溜めていく場所は欲しいと思っていたし、「ファンクラブ的に使う」ってどういうことだろうと関心がわいてしまった。

これが、チョットね……。

一文が長すぎる上に、構造がややこしくて、意味わかりづらいのよ(´・ω・`)

一発でスンナリ読めた方、おります?

もちろん「わざと長く書いて、文章を噛み締めさせる」って手法もあるけれど、フツー、記事の2行目からこれはない。

私がリライトするとこうなる。

キッカケはファウンダー・加藤貞顕さんのツイートだ。
「本の原稿を書いていく場所にしたり、ファンクラブ的に使ったり、いろいろあると思います!」
と◯月◯日に語られていて、さすが、なかなかツボを心得ているなと感じた。
原稿を書き溜めておくスペースは僕も欲していたし、「ファンクラブ的に使う」という一文にも興味を惹かれたのだ。

読み比べていただければ一目瞭然じゃござーせん?

茂木先生の原稿だと「加藤氏のセリフ」が“ツイート”だということに気づくのが後になり、それが極めて文章を読みにくくさせている。
後半部分も、つながりが悪く、何を言いたいのかジックリ考えないとわからない。

そもそも、先生がおっしゃる「原稿を書き溜めておく」場所が
noteなのか?
オンラインサロンなのか?
それもわかりにくいんだよなぁ。

「ファンクラブ的に使う」とういことからして、まぁサロンってことなんでしょう。

言葉のダブリは続くよ、どこまでも

残りの2文は、同時にリライトを進めよう。

まずはザッと目を通して欲しい。

ぼくの本は、最近は自分で書くよりも向こうから企画が持ち込まれることが多く、それで話し合いでテーマとか方向を決めていくけれども、自分のほんとうに書きたいことを少しずつ書いていくのもいいなと思っていた。

一方、「ファンクラブ的」ということだけれども、別に自分のファンクラブとかを作りたいとか思う気持ちは全くないのだけれども、なにかゆるいコミュニティみたいなものの作り方についてはずっと関心があった。

これ、けっこうシンドイ。

何が?

って、特に問題の大きな部分を赤字で囲ってみよう。

ぼくの本は、最近は自分で書くよりも向こうから企画が持ち込まれることが多く、それで話し合いでテーマとか方向を決めていくけれども、自分のほんとうに書きたいことを少しずつ書いていくのもいいなと思っていた。

一方、「ファンクラブ的」ということだけれども、別に自分のファンクラブとかを作りたいとか思う気持ちは全くないのだけれども、なにかゆるいコミュニティみたいなものの作り方についてはずっと関心があった。

もう見てられないほどの「けれども」連打である><;

この「けれども」というのは、要は「◯◯だが、✕✕である」という構文であり、少し文章に慣れた人が多用しがちな典型的な表現なのである。

これが実に良くない。

詳細は私のnote『文章は上手に書いてはイケない~ダメな表現を回避する14のガチテクニック』で確認して欲しいが、要はこの「◯◯だが、✕✕である」は、連続で使うと読む側にストレスを与え、なおかつ稚拙に見えてしまう。

なるべくなら回避するに限り、ましてや
一つの文章の中に2度出すなど論外中の論外」
なのだ。

もちろん何かの拍子で見落としてしまうことはあり、茂木先生も偶然そうだったのかもしれない。

そこで、その後の文章も読んでみたら……やっぱり「◯◯だが、✕✕である」が多用されていた。

先生! アウト~(´・ω・`)

いや、わかりますよ。
別に商業ベースの記事じゃないんだから、つらつらと好き勝手書いたっていい。
そう指摘される方も少なくないでしょう。

しかし、である。
脳科学者で先生ほどの執筆歴ならば、第三者から文章力を問われたって仕方がないよね?
許してね><;

文章力は偏差値に比例しない

では、茂木先生はどう書けばよかったのか?

先程指摘した「けれども」以外に「言葉のダブリ」も目立つので、その辺もあらためてピックアップしてからリライトしてみよう。

ぼくの本は、最近は自分で書くよりも向こうから企画が持ち込まれることが多く、それで話し合いでテーマとか方向を決めていくけれども、自分のほんとうに書きたいことを少しずつ書いていくのもいいなと思っていた。

一方、「ファンクラブ的」ということだけれども、別に自分のファンクラブとかを作りたいとか思う気持ちは全くないのだけれども、なにかゆるいコミュニティみたいなものの作り方についてはずっと関心があった。

なんだか真っ赤になっちゃいましたね。

これをリライト、シャキーン!

ぼくの本、最近は、出版社からの持ち込み企画が多く、そこから話し合いでテーマや方向を調整していた。
それとは別に、自分が本当に書きたいことを少しずつ積み上げられる場所を求めていた。

一方、「ファンクラブ的」な側面について。
こちらを欲しいと思ったことはないながら、ただ、何だかゆるいコミュニティみたいな存在は以前から関心があったのだ。

こんな感じでいかがだろう?

思うにお手軽なnoteで茂木先生も気楽にサックリ綴ったのだろうが、にしても、ちょっとお粗末な表現が目立った。

文章力は、偏差値に比例しない。
どちらかというと【コミュ力】が問われ、訓練次第で誰でも上手になる。

その辺の話は以下のnoteをご参照あれ。

文章は上手に書いてはイケない~ダメな表現を回避する14のガチテクニック

文:五十嵐利休

【参考】茂木健一郎note

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA